ハイヒールで踏みつけるブログ

年収2000万前後のクリエイティブ系OLが毒を吐く

金メダルを目指した銅メダルと、銅メダルを目指した銅メダルの色の違いについて

毎回オリンピックを見ている時、強く違和感を感じる瞬間がある。

 

金メダルを目指した銅メダリストと、銅メダルを目指した銅メダリスト(厳密に言うとメダルを目指した銅メダリストだろうか)を同軸で語ろうとするキャスター、アナウンサーを見た時だ。

 

例えば、柔道競技で。ほとんどの銅メダリストは、明らかにそのメダルの色に満足していない。金メダルを目指して4年間死に物狂いで練習をしてきて、銅メダルに終わってしまった。本人の表情からは明らかに悔しさが滲み出ている。そこへアナウンサーが

 

「銅メダルおめでとうございます!やりましたね!」

 

「銅メダルでいいじゃないですか?凄いですよ銅メダルでも!」といった感じで、支えてくれた家族の話を持ち出し、手っ取り早く感動物語に持って行こうとする。選手達は絞り出すように

 

「メダルを持って帰るのと、帰らないのとでは全然違うので」

 

と答えている。気の毒だ。確かに、私のように運動神経が並みの人間からしたら、オリンピックの銅メダルは果てしなく凄い。一生獲ることはないが、「もし自分の価値観だったら」銅メダルが獲れたとしたら、死ぬほど喜ぶに違いない。

 

しかし、それは

 

自分の価値観で考えている。

 

からなのだと思う。

 

支えてくれた多くの人がいる。銅メダルでも喜ばなければ失礼だ。

 

という人もいるかもしれない。でも、そうだろうか。きっと、支えてくれた人たちは、金メダルを目指して銅メダルに終わった選手と同じくらい、いや、一番想いの強かった本人の落胆の表情を見て本人以上に喜べないのではないかと思う。

 

オリンピック選手、それぞれには”文脈”がある。”軌跡”と”想い”がある。前回銅メダルに終わって4年間死ぬ気で練習してきた選手、前回金メダルを獲って今回も金メダルを目指した選手、世界選手権で入賞したことすらないが何とか銅メダルが獲れた選手・・・。

 

それら選手を一括りにして「銅メダル凄いじゃないですか!」と称えるのは、違うと思うし、同じ番組の、同じフレームの中に映さないであげて欲しい。

 

金メダルを目指して金メダルが獲れた選手、金メダルを目指して銅メダルだった選手、メダルを目指して銅メダルが獲れた選手。

 

そんな選手達のメダルの色が、少しでも輝くような扱いをしてあげたいな、と制作費も、尺も、視聴率にも責任を持っていない人間として思った。

 

 

 

↓ twitterも更新中